プロダクトデザイナー、
柴田文江が語る
“vertebra03”と本質のカタチ

1981年の登場以来、イトーキを代表するオフィスチェアとして愛されてきた“Vertebra”。一時代を築いたロングセラーモデルを進化させ、現代の多様化する働き方やオフィス環境に呼応する新しいワークチェアを作る。それはイトーキにとって、これまでにない大きな挑戦でした。そんな私たちのヴィジョンに共感し、“vertebra03(バーテブラゼロサン)” のデザインを手がけてくれたのが、日本を代表するプロダクトデザイナーである柴田文江さん。
“vertebra03” に込めた思いとデザインについて話を聞きました。

大切なのは表層的な意匠ではなく、
ものの本質を捉えること。

デザインを引き受けたときの感想から聞かせてください。

ゼロから新しいイスを作るのではなく、イトーキという企業らしさが体現された商品を更新するという仕事にプロダクトデザイナーとして、ものすごくやり甲斐を感じました。もともと、“Vertebra”は優れた機能とコンセプトを持っているので、その本質的な部分に共感して、きちんと読み解いていけば、あとはデザインの力で今の時代に合ったカタチにすることはできるんじゃないかと思いました。
ただ、“Vertebra”は、イトーキの人たちにとって思い入れの深い特別なイス。『これは大変な役目を引き受けたぞ』とも思いました(笑)」。

どのようにデザインを進めていかれたのですか?

デザインを始めた当初は、「“Vertebra”って何?」と考え過ぎて、気負い過ぎたところもありました。過去のモデルを知っている人が見た時に、シリーズとわかった方がいいのかなとか。そんなとき滋賀の工場で、誰よりも“Vertebra”のことを知る現場の方たちとお話しているうちに、一番大切なのは、正しい着座姿勢に導くメカニズムだということに改めて気がついたんですね。表層的な意匠を追いかけるというより、本質さえ捉えられれば、今の時代に合わせて発想していいんだと。その瞬間から自由になれたんです。DNAを引き継ぐことと、目に見える印象は関係ないですからね」

リラックスした気分を引き出す機構のために
機能するデザイン。
リラックスした気分を
引き出す機構のために
機能するデザイン。

フォルムでこだわった点を教えてください。

座面がスライドして、背面が傾斜するのが、初代“Vertebra”の特徴。肘掛けタイプにはパーソナルなスペースも確保されている。そうした機構の遺伝子を引き継ぎながらも、過去を引きずることなく、今の時代の軽やかさを持った新しいイスにしなくてはならない。それで、肘掛けと背を連動させてロッキングさせられないかなと思ったんです。飾りではなく、機能を持っていて、それ自体が存在しないと成立しないカタチ。しかも、それが肘掛けに見えずに、背だけは宙に浮いてるという。それから、オフィスチェアというと、私たちの記憶の中では縦長のイメージがありますが、背の高いものが並んでいると、どうしても空間に威圧的な感じや圧迫感が出てしまう。だから、背もたれには横のラインを出したいと思いました。それは座る人のリラックスした気分にもつながると思ったんです」

ディテールでこだわった点はありますか?

最初から木をどこかに使いたいとは思っていました。今までオフィスチェアでおざなりにされてきた肘かけとか、手で触れるところの質感を大切にしたいと思っていたので。結果として、スチール脚に靴下を履かせるように木を使ったんですけど、“Vertebra”の機構の重要なベースを先に作ってから、無理なく木を使うことが実現できたので、その点はよかったかなと思います。キャスタータイプの肘の昇降ダイヤルも、実は機構が固まってから出てきたアイデア。そう考えると、本当にミニマルで、機構のために機能するデザインになったかなと思います」

余地を残し、体験を促すことで、
イスは自分のものになっていく。

脚の形状、ボディ、そしてファブリック。多彩なバリエーションはどうやって生まれたのですか?

オフィスチェアというと、無機質な印象がありますよね。ただ、最近のオフィスはもっと有機的だから、まず本体自体の色を見直さなくてはダメだなと思ったんです。ペールオリーブという名のグレーやブラウンは新しいチャレンジですね。ただ、緑がかったこのグレーじゃないとオーガニックな感じは出せないし、これまでのクールなグレーでは今のオフィスには合わない。茶色もイスに限らず、工業製品にはあまり使われない色ですが、グリーンと同様に色味を感じさせることなく、どんな色相にも馴染んでくれる。だから、どの色も抜けないというか。ファブリックも「Knoll Textiles」のものに加えて、イトーキのCMFデザイナーの方とのコラボレーションを楽しみながら作っていきました」

ここまでのラインナップが必要だと思った理由を教えてください。

今の時代って、完成した商品をポンと渡して買ってもらうのではなく、その人のセンスや価値観で、一緒にデザインに入り込んでもらって、自分のものにしてもらう必要があると思うんですね。色や組み合わせで悩んだり、どういうオフィスにしようかと考えてもらいながら、それぞれのクリエイティビィを発揮してもらう。そのための仕掛けというか。そういう体験があった方が愛着も沸くと思うんです。そういった意味で、バリエーションを用意するのは大切だと思いました」

装いも新たに生まれ変わった“vertebra03”にどんなことを期待しますか?

私にとってデザインは仕事ではあるんですけど、生きるみたいなことでもあるんですね。“vertebra03”は、自分のオフィスや働き方ともシンクロしているんです。イスとしての機構や機能は安心のイトーキクオリティで、人間の身体にとっていいイスではあるんだけど、それ以外のところには参加できる余地がある。それぞれの趣味とか働き方によって、テイストも自由に変えられるので、私が思ってもみなかったようなバージョンをぜひ見てみたいですね」

柴田 文江 FUMIE SHIBATA

デザインスタジオエス代表。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業後、大手家電メーカーを経てDesign Studio S設立。エレクトロニクス商品から日用雑貨、医療機器、ホテルのトータルディレクションなど、国内外のメーカーとのプロジェクトを進行中。iF金賞(ドイツ)、red dot design award、毎日デザイン賞、Gマーク金賞、アジアデザイン賞大賞・文化特別賞・金賞などの受賞歴がある。武蔵野美術大学教授、2018-2019年度グッドデザイン賞審査委員長を務める。著書『あるカタチの内側にある、もうひとつのカタチ』。

  • _Date: 2019.11.05
  • _Location: Design Studio S
  • _Interview / text: Takahiro Shibata (Kichi)
  • _Photos: Akiko Baba