「『働く』と『暮らす』を彩る」(後編)
作原文子×柴田文江 
「『働く』と『暮らす』を彩る」(後編)
作原文子×柴田文江 

vertebra03」を手がけたプロダクトデザイナーの柴田文江さんがホストを務めるオンラインイベント「SPBS × ITOKI “vertebra03” Presents「働く」と「暮らす」を越境するデザイン思考講座 フミエの部屋 FUMIE’S LABO」。シリーズ最終回となる第5回目の対談相手は、インテリアスタイリストの作原文子さん。vertebra03の発表会でもスタイリングを担当するなど幅広く活躍しています。そのトークのダイジェストを前編と後編でお伝えします。

忙しくてもハッピーに働く。 忙しくてもハッピーに働く。

__作原さんのインテリアスタイリストとしての活動は、雑誌の仕事からどうやって広がっていったんですか。

作原文子(以下SA_2次元で表現された空間よりも、3次元で体感できる空間のほうが意味が増したことと関係していると思います。スタイリングするものを、より深く味わってもらえることを望むクライアントが増えてきました。

柴田文江(以下SHI_メーカーは、1個のものを売ろうとするより、もののある暮らし方を提案しはじめています。どうやって暮らしのリアリティを感じてもらうかは、デザインをしていても意識するようになりました。昔みたいに、すごくきれいなものがひとつ手に入れば満足できる時代ではなくて、新しいものを暮らしの仲間に入れていく感覚。ものを平等に扱うという、さっきの作原さんの話もすごく腑に落ちました。

SA_動画の撮影でスタイリングをすることも増えています。こういう時代だから、もっと増えていくでしょうね。でも雑誌へのこだわりもあるので、バランスは保っていきたいです。

SHI_vertebra03には「生きるように働く」というキーワードがありますが、作原さんはそんなに忙しく働いていてもハッピーに見えます。

SA_お店の方や作家さんから「こんなものがあるんです」という話を教えてもらい、それに合った場面や媒体で多くの人の目に触れるようにするのは、自分も仕事ですごく得をしていると思います。忙しくても、すごくいい仲間にサポートしてもらっているので、恵まれているんです。

SHI_それは、作原さんのまわりにいるみなさんを見て、私も思っていました。仕事って大変でも、大変さと楽しさが両立するんだとあらためて実感しました。

ものに会いに行くことがすべて。 ものに会いに行くことがすべて。

__視聴者の方から質問です。作原さんがスタイリングを考える時は、紙にラフを描いたり、PCにデータを取り込んで動かしたりするんでしょうか?

SA_PCは全然使えないんです。ノートにアイテムをメモすることはありますが、自分の目でものを見て記憶していきます。そして空間のトーンを何となく思い浮かべながら、この色合いで重ねていこうかなとか、バランスを考えていきます。

SHI_全然、想像できない(笑)。空想の中で作業していくんですか?

SA_そういう頭になっちゃってて。分量も、これくらいの大きさの空間ならこれくらいのものがあればちょうどいいとか、あまりメジャーで測ったりしないで感覚で進めます。でも、アシスタント時代はスマホもデジカメも使えない時代でしたから、お店で見たものは記憶にとどめていくしかありませんでした。

__実物を見て、手で触ることも大事でしょうね。

SA_私にとっては、ものに会いに行くことがすべてなんです。リースの下見で、「ウェブにあるから見てください」と言われても、必ず実物を取り寄せてもらいます。実物を見たら質感が違っていることもよくあります。

SHI_デザインを勉強している学生も、今はネットでリサーチすることが多いけど、自分でつくるようになると、それじゃいけないって気づくと思います。

__作原さんがスタイリストとしていちばん大事にしているのは、シェアしていくことでしょうか?

SA_人がもっているものややっていることをリスペクトしながら、それを自分がもっているものと共有する、そのコミュニケーションの深さを大事にしています。私の仕事は結局、ひとりじゃ何もできません。ものがないと空間がつくれないし、写真も撮ってもらわないといけないし。だったらその関係をできるだけいいものにしたい。それは作品にも出るじゃないですか。

SHI_素敵すぎる…….。すごくいいなって、聞き入ってしまいました。

この時代にデザインができること。 この時代にデザインができること。

SA_この仕事を20年以上してきてここに至ったというか、若い頃は「こっちのスタイリングのほうが!」って思った時代もありました。でも特にこの1年間は、心地よく時間を過ごすため、自分ができることは何だろうって本当に考えるようになりました。その中から、歳を重ねて普通に暮らせない状態になった方のために、使うものや空間の提案に少しでもかかわりたいと思っています。

SHI_私はものが好きだから、ものによってハッピーになった経験がけっこうあるんです。人からケアしてもらう時、それをものや空間でポジティブにできたらという発想は、すごく共感します。

__機能や効率が求められるものについて、気持ちに作用する部分のバランスを取るのは難しそうですね。

SHI_オフィスチェアもそういうところがあって、解決すべきことはたくさんありました。でも、それを超えると新しいものがつくれるかもしれないし、きっとできると思います。

SA_このスタジオで仕事した時に急に雨が降ってきて、コンビニでも扱っている、柴田さんがデザインしたビニール傘をもらったことがありました。あの傘はものすごくデザインされているわけじゃないけど、細かいところまで気が配られていて、すごく気分が上がったし、ずっと大事に使っています。そんなデザインが増えると、今みたいに気持ちが穏やかでいられない時代も前向きでいられると思います。

SHI_そんなふうに思ってもらえて、「フミエの部屋」をやってきていちばん嬉しいかも(笑)。イトーキさんとつくった椅子を、作原さんのおかげでちゃんと世の中に届けてもらったと思っています。今日はリラックスしてたくさんお話ができて本当によかったです。