プロダクトデザイナー、柴田文江に聞く、
“vertebra03 WOOD”と“hako”に込めた思い
(後編)
プロダクトデザイナー、
柴田文江に聞く、
“vertebra03 WOOD”と“hako”に
込めた思い(後編)

今冬、イトーキからエポックメイキングなふたつのプロダクトがデビューします。ひとつ目は、2019年に誕生した“vertebra03(バーテブラゼロサン)の待望のニューモデル“vertebra03 WOOD”。もうひとつは、ペーパーボックスのような佇まいが美しいポータブルバッテリー、“hako”です。明日の「働く」を、デザインする。イトーキのステートメントを両プロダクトを通じて具現化したプロダクトデザイナー、柴田文江さんにインタビュー。後編は、オフィス環境と働き方を自由にする“hako”について。そのコンセプト、カタチの秘密について話を聞きました。

オフィスの課題を解決する
シンプルで美しいカタチ。
オフィスの課題を解決する
シンプルで美しいカタチ。

近年、オフィス環境が多様化する中で、なくてはならないのが電源です。コンセントを増やせるOAフロア(床下に配線を通すパネル式フロア)も一般的ですが施設費が高く、空間の雰囲気も限定しがちでした。柴田文江さんがデザインした“hako”は、そんな課題を解消するポータブルバッテリーです。

「フリーアドレスが浸透し、オフィス内での働く場所が多様化する一方、ノートパソコンの内臓バッテリーだけでは足らず、電源がない場所では快適に働きつづけることができないという問題も生じてきています。そこでイトーキから、「バッテリーをデザインしてほしい」という依頼を受けました。ただそれに対して、バッテリーらしいバッテリーを提案してもしょうがないと思い、私が考えたのが『箱』でした。私はデザインする上でフォルムを大切にしているのですが、台の上に過剰な形のバッテリーが4つもあったら美しくありません。機能に合った大きさと形状をふまえて、シンプルな4つの箱が並ぶデザインにしました」

イトーキのポータブルバッテリーということも意識しましたか?

「電機メーカーがつくっているポータブルバッテリーの主流は、もっとガジェットっぽいデザインなんです。でもそれではイトーキらしくありません。オフィス空間全体を提案しているイトーキには、空間に調和して目立ちすぎないものがふさわしいはずです。これが定着していけば、設計者が“hako”を壁に作り付けにすることもあるかもしれない。そんな使い方をすることも想定して、収まりのいいフォルムを考えました」

デザインを意識させないデザインとも言えますね。

「なので、プレゼンを通すのには苦労しました(笑)。シンプルなものほどプレゼンで理解してもらうのは難しいんです。だから3Dプリンタで出力したものに4色の紙を貼って本物とほとんど変わらない模型をつくり、アダプターも本物そっくりにして、実際に空間に置いたところまで写真に撮って見せました。『すごい!』とみんなが言ってくれるかと思ったら、最初はシーンとしていて……。

しかし、やがてこちらの意図を理解してくれました。一見、持ちにくいようですが、背面にストラップが付いていて、そこを握って持つとPCなどの荷物と一緒に運ぶのも簡単です。オフィスではオンラインの会議などで席移動が増えたので、『これはいける』と。使う時も、運ぶ時も、充電しておく時のことも考えた仕様になっています」

効率より美しさを大切に、
壁を乗り越えるということ。
効率より美しさを大切に、
壁を乗り越えるということ。

製造過程で難しいことはありましたか。

「素材がプラスチックなので真四角にするのが難しいんです。プラスチックのプロダクトは、実はホットケーキのようにふわっとして丸い形がつくりやすい。しかし、今までデザインをしてきた中で、そのハードルを超える方法も見てきたし、手間をかけることで新しい価値をつくることができる。何かができないとわかったら、どうすればいいかという事例も知っています」

4色のカラーリングはどのように決めたのでしょうか?

「この4色もプレゼンの時に決めていました。電源コードが黒いのでブラックは入れるとして、それだけでは映えない。また仕事中、どの色を使ったかが会話のきっかけになったりしますよね。一定のトーンで、紙のイメージにも合うグリーン、グレー、ブラウンを加えました。グリーンは最近のイトーキの色使いに合いますし、ブラウンはインテリアと相性のいい色。ただし樹脂の色のコントロールはやっぱり手間のかかることなので、当初は2色にする案などが出たことがありました。光沢についてもそうです。光沢をつけるほうが塗装しやすい一方、PCの付属品のように見えてしまいます」

 

 

デザイン上、その他に配慮した点はありますか?

「充電状態を示すインジケーターは、LEDを最低限の大きさにしました。筐体をつくる金型の精度が求められるので製造するのは難しくなるものの、不可能でないことは工業デザイナーとしての経験上わかっていました。そこに特別感が出るんです。またメーカーのロゴは、目立つ場所に入れませんでした。入れるとやはり家電ぽくなってしまいます。これがイトーキとの最初の仕事なら、ここまで最初の発想を貫くことはできなかったかもしれない。しかし、“vertebra03”を通して築いた信頼感もあって実現できました。こうした関係がなければ、デザイナーの暴走になりかねません(笑)」

シンプルではあっても、決して簡単なデザインでないということですね。

「誰もがこういう形でいいと知っていることでも、つくるのが難しければ企業の中から提案はできません。外部のデザイナーがそれを提案して、壁を乗り越えていくのは大切なこと。生産効率も重要ですが、今はものをたくさんつくる時代ではない。時間がかかっても丁寧にものづくりに向かうべきなんです。デザイナーとしては、つくるというよりも、見立てる仕事と言えるかもしれませんね。