建築とデザイン、これからの公共(前編)
工藤桃子×柴田文江 
建築とデザイン、これからの公共(前編)
工藤桃子×柴田文江 

vertebra03」を手がけたプロダクトデザイナーの柴田文江さんが、全5回にわたってホストを務めるオンラインイベント「SPBS × ITOKI “vertebra03” Presents「働く」と「暮らす」を越境するデザイン思考講座 フミエの部屋 FUMIE’S LABO」。第3回目の対談相手は、建築家として多くの空間や建物を手がける工藤桃子さんです。青山のSKINCARE LOUNGE BY ORBISで行われたトークのダイジェストを、前編と後編でお伝えします。

境界を超えるデザイン。 境界を超えるデザイン。

__今回のトークの会場は、工藤さんが建築を手がけたSKINCARE LOUNGE BY ORBISです。

柴田文江(以下F_いい意味で、お店っぽくないお店だと思いました。

工藤桃子(以下M_ここはスキンケアブランド「オルビス」のフラッグシップショップで、ブランドのコンセプトを体現する場所です。もともとオルビスには「ここちを美しく」という言葉と、女性が空間に溶けていくようなイメージビジュアルがありました。この空間も、境界線をなくすことで心地よさをもたらそうと考えています。1階は広いワンルームで、手で加工したタイルなどの素材や、時間によって光の色が変化する磨りガラスの光の柱で空間をつくりました。2階には、オルビスの商品が試せるセルフタッチアップスペースなどがあります。

F_今はお店も、ものを売るだけでなく、人の暮らしとのかかわり方を考えるようになってきました。私たちがいる2階も、ラウンジ的でもあるし、自分の場所みたいな感じもする、おもしろい空間になっています。「vertebra03」も「働く」と「暮らす」を越境するというコンセプトがあり、通じるものを感じました。

M_先日、初めてvertebra03に座って感動しました。私はコロナのため在宅で仕事していた時、ずっと木の椅子に座っていて腰を痛めたんです。でもこの椅子は、背もたれや座面がちゃんと動きます。

F_リビングライクな場所で使えるデザインですが、長く座って作業するための椅子として、ワークチェアの機能はしっかりそなえています。

M_座面の昇降がアームの先端でできるのも便利ですね。そうだよな、ここにあったらよかったんだ、と。

公共デザインを自分ごとに。 公共デザインを自分ごとに。

__今日のトークは、環境や建築におけるプロダクトデザインがひとつのテーマになると思います。

F_椅子は家の中で使うものですが、すごく空間を左右する、空間のキャラクターを決めるものでもあります。自分だけのもののようで、置く場所によって道端からも見えますよね。vertebra03は、そんな意味で空間へのアプローチを考えました。また私は、建築はやっていませんが、カプセルホテルをつくっています。当初、カプセルのユニットを並べたら部屋になるし、積み上げたらホテルになる、と考えました。カプセルは、ベッドの延長でもあり、部屋がコンパクトになったものでもあります。工藤さんはカプセルホテルは泊まったことありませんよね?

M_まだ、ないです。でも柴田さんのデザインしたカプセルは実物を見たことがあって、入ってみると見た目よりも広くてびっくりしました。

F_カプセルの寸法が決まっていても、デザインで感じ方を変えることはできます。内側の角を丸くして、包まれている感覚にすることで、狭さを感じないようにしました。また公共のデザインとしては、10年くらい前に駅の自動販売機を手がけました。タッチ式の自販機で、最初はすごくデザインしたものを考えていましたが、それでは使い方がわからない人がいるかもしれない。公共のためには、子どもからおばあちゃんまで誰でもわかるものをつくるべきだと学習しました。ただ、この自販機はインターフェイスも工夫していて、顔が表示されたり、前を通る人とコミュニケーションするんです。

M_飲み物をおすすめされますよね。

F_普段、多くの人は公共のものを自分ごととして捉えません。でもあの自販機にこれをすすめられたとか、何かきっかけがあると、公共のものにちょっと思い入れができます。どの自動販売機でも飲み物は一緒なんだけど、あの販売機で買おうと思うようになるかもしれない。あの時から私の中で、公共に対する考え方が変わりました。

建築にとっての公共性。 建築にとっての公共性。

F_自動販売機と同じように、普通は会社で使う椅子もあまりピンと来ないじゃないですか。しかし、たとえば仕事用でもマックのコンピュータは新しくするたびにワクワク感があります。それってすごいことですよね。vertebra03では、同じことがオフィス用の椅子でもできたらいいなと考えました。ただし公共のデザインというと、今の日本ではキャラクターを使ったり、可愛いものになってしまいがちです。

__建築については、外に開かれていることや、街からの見え方をどう意識しますか。

M_建築は公共性と切り離せないもので、戸建てなら地域に対する影響があります。誰からも見えるし、隣の家との関係性にもすごく気を使います。周囲に馴染みながら、埋没しすぎず、家の中と外の関係性を生み出していきますが、内側にとっても外側にとってもいい関係が理想です。

F_隣に住む人も、かっこいい建築ができたらうれしいですよね。

M_住宅は地方でつくることが多いんですけど、変なものができたぞ、ってちょっと街が元気になります。その家に住み始めた人も、全然予定してなかったのに、カフェをやってみたくなったり。そういうふうに家が開かれると、建築は地域に住む人にさらに影響を与えていきます。