建築とデザイン、これからの公共(後編) 建築とデザイン、これからの公共(後編)

vertebra03」を手がけたプロダクトデザイナーの柴田文江さんが、全5回にわたってホストを務めるオンラインイベント「SPBS × ITOKI “vertebra03” Presents「働く」と「暮らす」を越境するデザイン思考講座 フミエの部屋 FUMIE’S LABO」。第3回目の対談相手は、建築家として多くの空間や建物を手がける工藤桃子さんです。青山のSKINCARE LOUNGE BY ORBISで行われたトークのダイジェストの後編をお届けします。

スイスの景観からの学び。 スイスの景観からの学び。

F_工藤さんは小さい頃、海外にいたんですよね?

M_小学3年生までスイスにいました。

F_スイスの公共デザインは、そりゃもう素敵でしょうね。

M_今日は、以前にスイスを旅行した時の写真を持ってきました。クールという街のバス停は、とてもシンプルです。上の表示はバス停に向かう人にとってわかりやすい向きと大きさで、下の情報はバス停の前に立つ人にちょうどいい。日本だともっと文字を大きくしたり、過剰な情報があって、使いやすいようで使いにくい……。日本の公共デザインは、人間の力をあまり信じていないように思います。

F_公共のものに対して「見た目が美しくない」という苦情があっていいのに、日本ではあまりないと思う。「使いにくい」という苦情は多いはずなのに。

M_私が住んでいたスイスの街の駅には、木のベンチがありました。他の素材を組み合わせたベンチもあるけれど、人が触れるところには木を使うことが多いようです。

F_北欧に行った時も屋外の家具に木をたくさん使っていました。木って本当は万能の素材だけど、日本にはどうして少ないのかな。vertebra03はアームの先端が木のタイプもあって、本物の木を使いました。こういうデザインでは、木のように見える他の素材を使うことも多いんですが、そこは乗り越えたんです。

M_建築でも木に似たシートがたくさん出ていて、見た目はほとんど同じでも、触れるとわかります。人間も動物的なところがあるから、なかなか騙されません。こうした椅子に本物の木を使うのは、やっぱり難しいですか?

F_経験上、メーカーは安定しない素材を使いたがりません。木は長く使うとサイズが多少変わったり、色が変わることがあるから、木に似せた樹脂のほうが何かと楽なんです。でもvertebra03のプロジェクトでは、そういう考え方はしませんでした。

デザインと旅をする。 デザインと旅をする。

__スイスのベンチが木を使うのは、寛ぐ場所だから気持ちいい素材がいいと、ポジティブに考えているんでしょうね。

F_きっと日本とは大事にしていることが違うんです。日本はメーカーとの仕事でも、チャレンジングなことはやりにくい。安全なものをつくらなければいけないのはわかるけれど、安全すぎてオーバースペックになることもあります。

M_日本の駅では「線から下がってください」などのたくさんの表示があって、言葉のノイズや目へのノイズが多いのが気になります。そんなに危ないのか、ないといけないのか、もっと考えていい。そういう情報が都市に過剰にあって、削ぎ落とす行為が必要じゃないでしょうか。

F_削ぎ落とすというと、先日、工藤さんの話を聞いてとてもおもしろかったのが、公共の道路のアスファルトを引っ剥がしたいということでした。

M_アスファルトを剥がしたら、夏の気温は2度くらい下がるんじゃないかと(笑)。今の技術で地面を固めれば、道路として使えるはずなんです。密封された部屋でエアコンをかけて暮らすより、根本的に考え直す時期が来ていると思います。

F_工藤さんは若いのにすごく活躍されているから、どんなふうに働いているかも気になります。

M_最初は組織設計の会社に入ってチームで仕事していましたが、いいところも悪いところもあって独立しました。すると、それこそ「生きるように働く」という感じで、土日も夏休み冬休みの感覚もなくなりましたね。休日はありますが建築を見に行ったりします。年末年始にインドに旅した時もそうでした。建築事務所のスタジオムンバイを訪ねたり、人が自然発生的に集まって街をつくっている様子を観察したり。

F_私も海外に行く時は、デザインの仕事やものづくりを絡めるほうが絶対に楽しい。必ずひとつはそんな機会をつくります。

変化を迎えた時代の中で。 変化を迎えた時代の中で。

__旅先で体験したことは、あの時のあの感じ、というふうに引き出しに入れて、仕事に生かすんでしょうか?

M_実際に体験してから、あの気持ちよさは何だったんだろうって後から分析します。ロジカルに詰めておくと、設計の時に引き出しから取り出せます。

F_私はインプットはするけど、そんなロジカルにはできません。好きなものを見て、それが後から滲み出てきてるのかな、というくらい。特に色に関しては、感じるものとしか言いようがない。だから、そのためにはいろんなものを見るしかありません。

M_私は分析するのがクセになっているんです。好きなものを見て、それが自分の糧になっていくのは似ていると思います。

__では最後に、一言ずつお願いします。工藤さんからは、若手の建築家に求められていることもお聞きしたいです。

M_難しい質問ですね。コロナとも関係しますが、時代の流れとして、環境に対して今まで当たり前だったことが変容する只中に生きていると感じています。そこで怖がらずにチャレンジすることが若手に求められているし、そこをやっていきたいです。

F_今日はvertebra03のおかげで工藤さんとお話できましたが、椅子はいろんなお話のきっかけになりますね。エネルギッシュな工藤さんからいろんな勇気をもらいました。私はちょっとのんびりした感じなんですけど、心の中では戦っているんです。今は嘘みたいに思えることも、それに近づいていけるように、諦めないでいたい。デザインってそういうことだから、やり続けたいと思います。