時代をふまえたデザインの作り方(前編)
二俣公一×柴田文江 
時代をふまえたデザインの作り方(前編)
二俣公一×柴田文江 

「vertebra03」を手がけたプロダクトデザイナーの柴田文江さんが、全3回にわたってホストを務めるオンラインイベント「SPBS × ITOKI “vertebra03” Presents「働く」と「暮らす」を越境するデザイン思考講座 フミエの部屋 FUMIE’S LABO」。第2回目は「CASE-REAL」を主宰するデザイナーの二俣公一さんと、彼が手がけた日本橋馬喰町のDDD HOTELで語り合いました。そのダイジェストを前編と後編でお伝えします。

バーテブラが受け継ぐもの。 バーテブラが受け継ぐもの。

柴田さんは、ぜひ二俣さんとお話ししたかったのだとか?

柴田文江(以下F)_ご本人を前に恥ずかしいんですが、ずっと前からデザインを見ていて、ファンでした。デザインは色や形じゃないとよく言われますが、今日はそんな細かい話も聞いてみたいです。

二俣公一(以下K)_はい、僕も同じです。

F_最初の「バーテブラ」が発表されたのが1981年ですが、この椅子、知ってます? もう生まれてますよね?

K_正直言うと、知りませんでした。僕は6歳でしたね(笑)。

F_エミリオ・アンバスとジャンカルロ・ピレッティのデザインで、当時はすごくポピュラーな椅子でした。バーテブラは「脊椎」という意味です。パソコンが普及して働き方が変わった頃、いい姿勢でちゃんと座って仕事できるように生まれました。その椅子を今の暮らしに合わせてデザインし直すことになり、ハードなお題だと武者震いしたのを覚えています。そこで、何がバーテブラらしさなのかを考えると、適切な着座姿勢に導いてくれる機構なんです。それから以前のバーテブラの見た目のイメージからは解き放たれて、vertebra03のスケッチやレンダリングを始めました。3Dプリンターで6分の1くらいの小さなモデルをたくさんつくりましたね。

K_そのスケール感でリアルなものをつくり、全体の収まり感などを確認していく段階でしょうか。

F_3Dプリンターのモデルは手軽につくれるので、私は早い段階からそうやってデザインを考えていきます。その中でよさそうなものについて、原寸のモデルをつくります。

工業デザインとしての椅子。 工業デザインとしての椅子。

F_昔のバーテブラは、「こんなに動きますよ」という機能をアピールするデザインでした。しかし今の時代のテクノロジーは「動かなそうで動く」ことに向かっています。vertebra03も、昔からあるパイプを使っているのに形が変化するんです。座面が前後に動き、背中のパイプは上下にしなり、背もたれの角度も姿勢に合わせて変わります。

K_背中のフレームがしなる仕組みがすごい。アームの先を回すとシートが昇降するのも驚きました。ここで調節できるとは想像もしませんでしたね。

F_手元で昇降できるのはイトーキさんの発案で、ぜひ取り入れようと考えました。今のオフィスはフリーアドレスが多いから、座るたびに高さ調節が必要です。その時に椅子の下に手を入れなくて済むのは、とてもいいですよね。

K_シートのデザインが共通で、キャスター付きのタイプと4本脚のタイプがありますよね。どっちの脚部も許容できるバランスは、相当に意識しないとうまく行きません。普通はどっちかに振ってしまうと思います。

F_どちらの脚でもバランスが整うように検討を重ねていきました。vertebra03という椅子は、家具よりも工業デザインだなと、開発していて気づいたんです。これは私にとって初めての、構造のある椅子のデザインなのですが、工業的なオフィスチェアであることは私に向いていました。

こういう椅子のデザインは、製品化できるという裏どりをしてから、メーカーへ提案するものですか?

F_世の中にある製品を見て調べた上で、これはできるだろうと判断していきます。ただし100%確実にできるものよりも。80%くらい実現可能な提案をして、厳しいですと言われながら、最終的に85%や90%のものを実現していきます。

K_やっぱり、この背中の水平方向のしなるフレームは難しかったんじゃないでしょうか。

F_それもありますし、全体的にフレームを細めに提案していました。イトーキさんの強度の基準はすごく厳しいんです。技術担当の人がこの椅子を見た時は、けっこう衝撃だったと思います。これが椅子になるのか、みたいな(笑)。

シンプルさとのせめぎ合い。 シンプルさとのせめぎ合い。

vertebra03の機構部分は、イトーキさんと一緒に開発したんですか。

F_機構については、もちろんそうです。デザインが上がってからも、常にやりとりはしていきます。ここの寸法が足りないとか、ここはどうしようとか、完成するまでキャッチボールがずっと続きますが、今回はスムーズでしたね。ちなみにvertebra03の座面は、昔のバーテブラに近い形状にしています。並べて見比べると親戚ですよね。

K_全然違うものかと思ったら、確かにそうですね。

F_旧バーテブラの座面の感じがすごくよかったから、その形をトレースしました。シートによって座り心地はすごく変わるので、もっとシンプルにまとめることもできたけど、ワークチェアはここが肝だから知見を生かしたんです。

K_そういう意味では、今までのバーテブラの血がすごく影響してるんですね。僕はつい油断すると、シンプルなのがやりたくなります。

F_私もやりたくなるし、そのせめぎ合いなんだけど、ある程度以上に追い込まないようにコントロールしています。

K_アームをパイプにすることは、迷いませんでしたか?

F_それは早い段階で決めていました。オフィスチェアに多い、ニュルッとした形の樹脂にしたくなかったのと、後ろ姿を大事にしたためです。

K_実際、ちゃんと肘も載せられますし。昔のオフィスチェアは、出世するとアーム付きになりましたよね。

F_それを平等にしたいという気持ちもありました。