生きるように働くということ(前編)
ナカムラケンタ×柴田文江
生きるように働くということ(前編)
ナカムラケンタ×柴田文江

「vertebra03」を手がけたプロダクトデザイナーの柴田文江さんが、全3回にわたってホストを務めるオンラインイベント「SPBS × ITOKI “vertebra03” Presents「働く」と「暮らす」を越境するデザイン思考講座 フミエの部屋 FUMIE’S LABO」。第1回目は「日本仕事百貨」代表のナカムラケンタさんを、清澄白河にある彼のオフィスの「しごとバー」に訪ねました。そのダイジェストを前編と後編でお伝えします。

デザインに反映された
言葉の力。
デザインに反映された
言葉の力。

そもそもおふたりはどこで知り合ったのでしょうか?

柴田文江(以下F)_「日本仕事百貨」でインタビューを受けた時に初めてお会いしました。10年以上前でしたね。

ナカムラケンタ(以下K)_その後はよく一緒に飲んだり、文江さんが審査委員長だったGマークの審査員に推薦してもらったりしました。

F_最初にお会いした頃から、ナカムラさんの話す「生きるように働く」という言葉がずっと心に残っていたんです。ある言葉を知ったことで、そういう気持ちになる、言葉の力ってありますよね。その後、イトーキさんからワークチェアのお仕事をもらった時、ワークチェア然としていないものを考える中で、この言葉をずっと温めていました。デザインが出来上がって、いよいよこの言葉以外に言い方がないと思い、「製品の説明文に使わせて」ってメールしたんです。

K_光栄なことで、ありがとうございます、とお返事しました。うれしかったですね、覚えていただいていて。

F_ここは始めて来たんですが、素敵な場所ですね。

K_「しごとバー」は(新型コロナの影響のため)今は休業しがちですが、今回のようなトークイベントをオンラインでやっています。いろんなゲストを呼んで、その人が影響を受けた10の話を聞いて、点と点がつながっていくように、いろんなテーマの話をしています。最近、オンライン公開を始めてから、リアルの時の20~30倍くらいの人に観てもらっています。

仕事と暮らしを
切り離さない生き方。
仕事と暮らしを
切り離さない生き方。

10年以上の時を経て、ナカムラさんの言葉が「vertebra03」のインスピレーションになったんですね。

F_イトーキさんには「バーテブラ」(1981年発売)というたくさん売れた椅子があって、それは働き方が変化する時に登場した椅子だったんです。今回、この椅子を新しくすることになった背景にも、あらためて働く環境が変わってきたことがありました。私自身も自分のスタジオでワークチェアを使うイメージがもてなかった。「vertebra03」は、硬い言い方をすると「働く」と「暮らす」を越境するということなんだけど、そのふたつが切り離されていないんです。だから「生きるように働く」っていう言葉は、私的には新しいキーワードでもあり、もともとそうだったとも言えて、この考え方をもとに「vertebra03」をデザインしたいとイトーキさんに伝えました。

K_「生きるように働く」というのは、僕が2年前に書いた本のタイトルでもあります。まず求人サイト「日本仕事百貨」から説明すると、「転職や就職するつもりはないけれど見てます」という方によく出会うサイトなんですよ。今、この場所でこの仕事をしてるけど、もしかしたらこんな生き方、働き方もできるんじゃないかな、と想像できるような記事を掲載できているからなんだと思います。仕事のオンオフとかワークライフバランスと言った時は、生きることと仕事は別のものとされるけれど、働く人のあるがままを取材していると、オンオフがない人も多い。そこから「生きるように働く」という言葉が生まれました。彼らは、働いている時も休んでいる時も、同じように自分の時間を過ごしています。休んでいても、ちょっとアイデアが浮かんだらパソコンのスリープモードみたいに立ち上がる。文江さんのお仕事も、そういうことがありそうですけど。

F_デザイナーは本当にそうですね。暮らしとデザインを切り離して考えたことはほとんどないし、それはデザイナーになった時からずっと同じです。

幸せの意味も
変化してきた。
幸せの意味も
変化してきた。

F_ただ20~30代の頃は、それがけっこう苦しかったんですよ。自分の時間なのに働いているのと境目がないから。髪を切る時間ももったいなくて、すごく短くしていました。

K_24時間、無我夢中で働いているような。

F_そういうCMもありましたね。仕事は面おもしろいんだけど、寝ている時や遊んでいる時はすごく焦っちゃう。

K_文江さんと最初に会った頃に印象的だったのは、20代の頃、ポルシェに乗ってブイブイ言わせるのがデザイナー像だと言っていたことで……。

F_ポルシェに乗って、青山に事務所を持って……(笑)。当時は8センチ以下のヒールは靴じゃないと思っていたし、そういう時代だった。今もクルマには乗っていますが、小さいクルマに変えました。ちょっとスローになったんですよ。

K_焦っちゃうと、目標やキャリアみたいなものを考えて、そこに立ち向かうことになります。

F_当時はそこまで行かないと幸せになれないと思っていた。でも今のままで、幸せになる方法があるなら、それでいい。「生きるように働く」も、時代が変わる節目にもらった言葉。暮らしもデザインもずっとあるんだけど、あり方が変わってきたんですよね。

ケンタさんの本の帯に「自分らしい時間を生きていたい」とあります。みんなそういうマインドになってきていますね(後編に続く)。